感覚を培う

最近、記事投稿をするために見た事や感じた事を頭の中で整理しているわけですが、ここにも新しい発見があったりします。

それは「新しい事を日常に入れる」瞬間です。

 

今まで何十年生きてきて、まだ自分の知らない新しい発見がある。と思うのです。

 

皆さんは新しい事に日々チャレンジしていますか? マンネリ化した日常になっていませんか?

 

私は特に移動の時間の過ごし方が変わりました。→今までは最悪でしたw

 

電車での移動時は基本座れれば寝てましたが、今は少しの時間も無駄にすることなく様々な情報収集に努めています。

 

今のスマホは素晴らしい。

 

私たちの生活に欠かせないスマホ。電車に乗るとほぼ全ての人が携帯を片手に何かしています。

 

ある本にると私たちは一日の生活の中で約3時間はスマホをいじっているらしいのです。

 

今までは音楽を聴きながらSNSを眺めるのが大半でした。

 

でも意外にその時間て長期間で見ればすごく貴重な時間になっていくし、この時間をインプットの時間に当てれれば人生を大きく変えれることができると思うようになりました。

 

様々な情報をとる時に心がけているのが、「自分なりの仮説と照らし合わせる」ということです。

 

その内容等を自分なりに解釈しメモなんかをとるわけです。

 

自分の考えやインプットした情報を自分の言葉で残します。

 

 

これらの作業を通してわかってくるのが「感覚を文字に書き留める難しさ」でした。

 

いわゆる「表現力」です。

 

私がこのwebで気をつけているのが

 

「日々思っている事を分かりやすい表現で書き留める事」

 

それは自分が日々思ったり、感じたりすることと同義で

 

言葉にしないが、なんとなく思っていたこと。

 

例えるなら忙しく働いている日常で、すれ違う人や会って話す人の表情や感情も含めて文字を起こすこと。

 

嫁に話すと「さらに理屈っぽくなりそうだね」とのことです。

 

実に分かりやすい表現でしたw

 

このような感覚って昔からあったとは思いませんが、

 

言葉にできない事を、あえて表現する力はついてきた気がします。

 

つい最近も「言葉にできるは武器になる」という電通のコピーライターが書いた書籍がありました。

「言葉の表現」について書かれたものです。

 

ジョージアのCMの「世界は誰かの仕事でできている」を考えた方です。

 

仕事をしている時や仲間と話している時、頭ではイメージがつくけど、言葉にできない経験てありませんでしたか?

 

言葉は表現の一つの手段です。

 

スラスラでてくる人もいますが、表現力を鍛える、ということは大事なのかもしれません。

 

言葉には感情や考えが詰まっているからこそ重みが出るんだと思います。

 

過剰に意識する必要はありませんが、言葉に意識を向け、言葉に重みが生まれるよう鍛錬していきたいですね。

 

では。

 

 

 

 

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

hishi

小児喘息には水泳が良いとの理由で幼初期から水泳を始め、大学まで本格的に水泳に打ち込む。高校で全国大会優勝経験をし、世界ランクイン。大学でもほどよく活躍したところで引退。一転、育った環境からまったく畑違いな金融機関に入社。30代サラリーマンです。