勘違いなサラリーマンたち

そう、私もその一人のサラリーマンです。

よく部下に「俺たちはビジネスマンだから」とカッコよく言っていた時期もありました。

そもそもサラリーマンて何?

これって古代ローマ時代にさかのぼるんですね。

 

サラリー」とは古代ローマ時代に兵士に与えられていた「」らしいんです。

 

当時「」は貴重だったため、今でいう給与として支払われていたそうです。

 

給与生活者という我々の認識は間違っていないのですが。

 

先日、同僚から面白い計算表を見せてもらいました。

その名も「定年計算表」→確かそんな名前でしたw

 

自分の入社した年と定年予定の年齢を入力すると「もう〜日経過しました」「定年まであと〜日です」と、こんな感じで出てきます。

 

もう〇〇年も働いているのかぁ、あっという間だったけど、あと〇〇年も働くんだなぁ、と可視化することによって現実味が湧いてきました。

 

そもそも私は20代の頃は仕事に明け暮れ、走りまくったと思っています。

 

好き嫌いとかそんな話ではなくて、仕事だからと割り切って全力を出していました。

 

年を重ねるごと、キャリアを積むごとに「感情」や「経験」が生まれてきました。

 

それは実体験に基づいて身についていくものです。

 

若くして役割を振られると、認められている気がして、とても嬉しかったのを覚えています。

 

しかし、冒頭に述べたように、私は給与をもらい、生活する「労働者」に過ぎません。

 

大きな枠で考えた時、労働者の中で優劣がついたところで所詮、労働者である。とも思っています。

↑サラリーマンの否定ではありませんよ、私はサラリーマンですからね^^

 

お金をもらうために、私は会社に自分の時間を切り売りしているのです。

 

もちろんそれに見合った対価をもらっています。

 

良い仕事したいね、とよく仲間と言いますが、それは与えられた仕事の中で、せっかく自分の時間を割いているのだからせめて満足度を高めよう、という事だと思うのです。

 

しかし、

 

良い仕事が仮にできなくてもお給料は発生します。

 

成果がなかなか出なくても「とにかく頑張っているんです、見ててください」でお金をもらっています。

 

経営者であれば、利益が出なければ本来報酬は発生しません。

 

それは世の中に付加価値のあるサービスを提供した見返りの報酬です。

 

サラリーマンはどうでしょう?

 

例え、世の中に貢献していなくても、会社に利益をもたらさなくても、報酬?が入ってきます。

 

給与が発生しますので。

 

毎月、給料がもらえる。

会社に貢献していなくても」です。

 

とても恵まれていますね。(それがサラリーマンの条件ですし、そこを目指すために勉強してくる子もいます)

 

話は戻りますが、「経験」を重ねるうちに給料は増えていきます。基本は年功序列ですから。

 

私はその「経験」はサラリーマンの中では使えるが、

世の中では本当の意味で使えない、と思っています。

その業種の専門労働者ですから。

(世の中サラリーマンが大半だから使えるじゃん、というのもあるでしょうが)

 

サラリーマンはキャリアを積めば偉くなっていると勘違いしてしまいがちです。

会社の業績=自分の業績

ではないです。これは大きな勘違いです。

 

あなたにとって組織や会社はどのような場所ですか?

 

自分の属する組織で好きなことをやらせてくれる組織って素晴らしいですね。

 

自己実現を応援してくれる場所は人材を単に労働者とは見ません。

 

 

我々サラリーマンこそ、社内競争をしている場合ではなく、枠からはみ出して、経験値をさらに高める。

その結果、市場からの信頼やサービスを勝ち取ることができるんだと思います。

それぞれの考え方にイノベーションが起こるともっと楽しいですね。

 

では。

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

hishi

小児喘息には水泳が良いとの理由で幼初期から水泳を始め、大学まで本格的に水泳に打ち込む。高校で全国大会優勝経験をし、世界ランクイン。大学でもほどよく活躍したところで引退。一転、育った環境からまったく畑違いな金融機関に入社。30代サラリーマンです。