人は困難を乗り越えるために生きている

最初なので自分の自己紹介をしたいと思います。

プロフィールのような簡単な記事ではなくてです。何故記事にしたいと思ったのか、理由はありませんがただ記録しておきたいという曖昧な感じです。感じていた人生を言葉にして綴るのは難しいですが、誰かに伝えたい時って必ず見える形で表現しなければできません。ライターではないのでこれを考えるのも難しいですね。

私は4歳から水泳を始めました。姉が通っていたのもあり、そのまま親が入会させられましたね。小さい頃は喘息持ちでしたので、それもありました。今思えは小児喘息でした。現在はもう出ません。(小児って言っても高校までありました)

小さい頃から習い事は多く、週に4日は習い事に行ってました。英会話、習字、水泳、バスケ、野球、ラグビー、塾etc…色々やってまして。

今父親として子供二人にこれだけのことを通わせるのは金銭的に楽ではない。習い事をやめては新しいことに挑戦させてくれました。

その中で唯一続けていたのが「水泳」なんです。

この水泳は私の人生に活力を与えてくれました。

地元のスイミングスクールに通う。友達もいたし、体を動かすのが好きだったから続きました。小学4年生の時、選手コースからオファーがあり、よくわからなかったけど選手コースに入って毎日練習に明け暮れる、楽しいことも辛いことも全て水泳から教えてもらいまいした。

ライバルができて、切磋琢磨したこと。普段は仲の良い友達だけど、レースになると勝敗がつく。そんなことを小さい頃からやっていました、もちろん今の性格は負けず嫌いです。営業成績も良くはないが悪くもない。小さい頃からの癖が付いていたんでしょうね。

それからというもの、中学三年生の時は県内で優勝し、初めて全国大会にでた。大舞台で緊張したせいか、残念ながら優勝することはできませんでした。「全国はレベルが違う」と感じ、猛練習の日々。

その甲斐あってか高校一年では国体優勝を果たせました。

高校三年生の時、インターハイ優勝候補と言われ、臨むも結果は3位。いつもここって時に本領発揮できない。大学の時も世界選手権やオリンピック選考会であと一歩のところで涙を飲んだ時もありました。

周囲からは「頑張ったんだから」と慰めてくれます。しかし

「みんな頑張っている、何が足りなかったんだろう」と悩みました。その時は誰も教えてくれません。

大人になり、次第に許容を学んで行きました。

自分に保険をかけるような発言、どっち転んでも上手くいくような言い訳。この記事を書いている今も「常に今が人生で最高の瞬間」て思っていたりしますw

学生の時は恐れるものは何もなかったし、将来のことなんか考えている暇もありませんでした、今がよければそれで良かった。

いつから将来の不安を覚えるようになったんだろう。お先真っ暗でどうしようもない、というわけではないんですけど。

組織の中で働いていると、外で何が起こっているのかあまり関心がなくなりました。会社という小さくて大きい国に属しているから、あまり外は関係なかったのでしょう。

組織では上に行くことだけ考えていて。

競争は小さい頃からやっている。

この世界は結果が全て、結果の出ていない人間の話なんて誰が聞くか。

誰から発せられるかで違ってくる言葉の重み。

非常識だと揶揄されてもたった1日で常識に変わることだってザラでした。でも勝ってきたと自負している面もあります。

先輩からも部下からも「出世して会社を変えて」なんて言われた。

 

でもどこからかそれを目指さなくなった。急に。レールが見えていたので昇格、安定はほぼ確定だった。

私はそれを1年前に蹴った。レールが見えた瞬間つまらなくなった。

色んなしがらみも踏みにじって頑張ってきた。でも用意された椅子にはつかなかった。

これが私の生きる道。

答えなんてないし、ここからどうなるかだってわからない。でも自分をここまでしてくれた環境に感謝したいし、育った地元に恩返しがしたい。

人は働く上で必ず役割がある。でも人間同士違いは何もない、ただその役割が違うだけ。

私は自分で困難な道を選んでいると思う。けど、その困難な道の先にこそ素晴らしい結果が待っているのだと信じて突き進むしかない。このブログもその試みの一つ。今まで突っ走ってきたから、何かやらないと気が済まない。無難な人生はガラじゃない。変わっているとよく言われる。それも嬉しい。

成功とか失敗とかはあとで。今はやるしかない。それを楽しみながら。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

hishi

小児喘息には水泳が良いとの理由で幼初期から水泳を始め、大学まで本格的に水泳に打ち込む。高校で全国大会優勝経験をし、世界ランクイン。大学でもほどよく活躍したところで引退。一転、育った環境からまったく畑違いな金融機関に入社。30代サラリーマンです。